「謝る」ということ。

   

謝る


という行為はなんなんだろう


と考えていました。



なんでわたしから謝らなあかんねん



というふうに、


謝るという行為=負けを認める


と解釈しがちですが

ちがう気がしています。




わたしは若い頃、母に対して怒っていることがありました。


そのせいで


よく親子喧嘩をしていました。




ヨガで自分との対話を繰り返すうちに

怒りは消えましたが

そのあと悲しみが残りました。




あるとき、これはもう、母に理解してもらうしかないと思い

わたしの心情を冷静にゆっくりとすべて伝えました。


じっと聞いていた母は


「ごめんね、悲しい想いをさせたね」


と心からの言葉を言ってくれました。


その瞬間、怒りも悲しみも

木端微塵に消え去りました。

そして


わかってもらえた!と歓びが湧き起りました。




エネルギーなどといってもわからない母ですが


大きな無償の愛でわたしを包みながら


言葉にしてくれているのがわかりました。




あのときを思い出しても

心から謝るという行為は


一段高いところにいなければ

自分の至らなさやまちがいに心底気づき


また相手の気持ちを感じ理解ししなければ



いわば小さな「悟り」がやって来なければ


できないのではないかな

と思うのです。




「お母ちゃんは高いところからあなたのことをいつも見ているからね。


悪いことをしても見えてるんやからね」


と、友人は子どもの頃、お母さんから毎日言われていたそうです。



見張っているという意味じゃなくて


高い視点で子を見守るというのは、なんて愛なんだと


思うわけです。



老いては子に従えというけれど


行動は従っても

そんな母でわたしもいたいなあ。




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どなたが書いたブログだったか思い出せないけれど


家族は「太陽系惑星」だと記してあるのがあって


納得した覚えがあります。


地球、月、火星、水星など各惑星が家族それぞれで


みんな太陽を中心に宇宙を動いていますが


それぞれのサイクルに従って異なる軌道を描いています。


なんでこんなふうに動く?!と理解不能な動き方をする


家族(惑星)がいたとしても


宇宙規模の視点でみれば、太陽系の法則にのっとって


正しく動いていることになる。


バラバラに動いているように見えて、ひとつのまとまりある太陽系惑星。


それが家族。



だから信頼して見守ればいいのです

というお話でした。

ほんとうにそう思います。


 - 日々のこと風の向くまま